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BPSDを改善することでADL向上を実現
<東京都大田区 京浜病院>

院長 熊谷頼佳先生 院長 熊谷頼佳先生

京浜病院では、長年、慢性期医療に取り組んで来たノウハウを土台に独自の治療・介護法を編み出し、認知症の症状改善、患者さんのADL向上に成功。地域の認知症医療のレベルアップにも貢献しています。

主に脳神経外科の術後管理を担う病院に

東京都大田区、国道沿いに並ぶ京浜病院と新京浜病院は、ともに医療法人社団京浜会が運営する介護療養型医療施設で、両院あわせて156床のほとんどで認知症患者さんの治療とケアに取り組んでいます。

京浜病院の現院長である熊谷頼佳先生の祖父が1936年に小児科医院を開業したことから始まった同院は、経営が息子、孫へと受け継がれていく過程で、戦後に外科を中心とした急性期救急病院へと変化し、1985年ごろから内科系を中心に、さらに1993年ごろから高齢者を対象とした療養型病院へと変遷してきた歴史を持っています。

「勤務医時代は脳神経外科だったので、1985年から父の病院を手伝うにあたって技術を活かしたいと考えたのですが、外科、特に脳神経外科は内科医、麻酔科医、様々なパラメディカルによる組織力が必要で、我々のような規模では大規模病院と競争するのは難しく、方向転換を迫られました」と語る熊谷先生は、他の総合病院で脳外科手術を受けた患者さんの術後管理を担うことに活路を見いだしました。

脳外科病院から退院することは可能だけれど管理が難しく自宅に帰るには困難があるという患者さんを同院が受け入れることで、患者さんは安心して治療を継続でき、手術を行った急性期病院は次の患者さんの治療をスタートできます。「それまで患者さんを取り合う関係だった大手総合病院からの紹介で、病床が一気に埋まりました」と、熊谷先生は当時を振り返ります。

認知症患者の増加に手探りの取り組み

このようにして脳外科手術の術後管理や脳卒中患者の治療・リハビリを多く手がけ、高い評価を獲得した京浜病院に、20年ほど前から変わった症状を示す患者さんが入院してくるようになりました。

「脳外科から紹介された患者さんのほとんどは、活動性が低く静かなのですが、回復するに従い大声で叫んだり暴れたりする患者さんが現れたのです。それが認知症の患者さんとの出会いでした。当時はまだ認知症の治療法も診断法も定まっておらず、手探りの取り組みが始まりました」(熊谷先生)。

今では、熊谷先生と精神科医など他科の医師、看護師、ケアワーカーなどが知恵を出し合って編み出した同院の認知症治療は、非常に洗練され、大田区の他の病院がこぞって導入を図るモデルとなっています。

大きな特徴のひとつは、新しく入院してきた患者さんの、合併症も含めた治療歴と処方薬を吟味した上で、主に向精神薬を一旦、中止するという方法です。「BPSD(周辺症状)に効いた薬をずっと処方しつづけ、薬が原因で過鎮静になり、寝たきりになっていることに気づいていないなどの例が多くみられます。薬の影響を受けていない、認知症の本来の症状を確認するためにも、一旦、素の状態にリセットすることが必要です」と熊谷先生は言います。

看護師長 中村弘美さん看護師長 中村弘美さん

薬を中断するとBPSDが再び出現して大声で騒いだりする患者さんも少なくありませんが、ケアをするスタッフに不安や迷いはありません。「患者さんのどんな行動に注意すべきか、観察すべきポイントを全スタッフが理解しています。症状に応じて先生が適切な薬を処方すると、ほとんどの患者さんは1週間ほどで落ち着かれますので心配いりません」と看護師長の中村弘美さんは語ります。

 

すべてのスタッフが適切な対応をできる理由

作業療法室作業療法室

同院ではBPSDを大きく3期に分類して対応しています。

最初は、険しい表情で時に危険な行為がみられる「混乱期」です。対処法の基本は安心感を与えること。神経過敏になっているので、むやみに身体に触れたり抑制したりせず、患者さんの身の回りから危険物を取り除いて、少し離れたところから見守るという介護方法を採ります。

次に現れるのが、周りの気を引こうとしたり甘えたりする「依存期」。一人にしないよう、人が見えるところ、声が届くところに連れ出すようにして、同じ話の繰り返しを無視せず根気よく聞くなどの対応が適しています。

最後は、自分の世界に浸り表情が穏やかになる「昼夢期」になります。笑顔や挨拶が戻り、時間の概念が薄れて夢の中で暮らしているようになります。この時は、薬も使わず穏やかに過ごせるよう配慮することが重要です。

看護師 青山美恵さん看護師 青山美恵さん

この分類による治療・介護のノウハウについて、同院のスタッフ全員が熟知しています。看護師の青山美恵さんは「混乱期はサラッと控えめに接し、依存期は声を掛けて手を握ってあげる。時期による基本の接し方がわかっていると安心して向き合えます。入院直後の患者さんの言動が荒れているのも、当院に来る前に適切な対応がなされていなかったからだと推測できるので、早く、苦しい状態から脱して差し上げたいという気持ちになります」と語ります。

 

スタッフとの共通言語となった「3期分類」

熊谷先生著、「熊谷式3段階認知症治療介護ガイドBOOK」(国際商業出版)「熊谷式3段階認知症治療介護ガイド
BOOK」(国際商業出版)ほか

3期分類に沿った治療・介護法については「熊谷式3段階認知症治療介護ガイドBOOK」(国際商業出版)も出版されており、大田区蒲田医師会やこの地域の医療・福祉関係者の多くが、セミナーなどを通して学び実践しています。

同院のホームページには患者さんの典型的な表情を示すイラスト付きで3期分類が紹介されていますが、そもそも、この考え方は絵を描くことから始まりました。

「夜勤の介護スタッフから、翌朝、患者さんの様子を聞くときに、かつては、『もう、大変でした!』という言葉しか出てこなかったのです。それでは私も判断ができないので、『大変だった』という時の患者さんの表情を絵に描いてもらいました。しばらく続けるうちに、認知症患者さんの表情は、“怒っている顔”“情けない顔”“笑っている顔”の3つに集約でき、それぞれにケアの注意点が違うことがわかってきました」と熊谷先生は振り返ります。

看護師 花田悦子さん看護師 花田悦子さん

今では、同院の全スタッフが3期分類について理解を深めていて、患者さんの症状、状態を語る共通言語として威力を発揮しています。「医師と看護師だけでなく、介護スタッフの力が重要な仕事です。情報交換がスムーズにできると、よいチームワークが生まれますので、とても働きやすい職場になっています」と、看護師の花田悦子さんは語ります。

レビー小体型や前頭側頭型の治療に挑戦

独自の治療・介護法で多くの認知症患者さんのBPSDを軽減することに成功している同院では、中核症状が改善する患者さんも多くいると言います。「中核症状の根本治療法はありませんが、実はBPSDが邪魔をして本来の能力を発揮できないことも多く、結果として中核症状も改善したように見えるわけです」(熊谷先生)。

特にアルツハイマー病については、適切な治療と介護によって症状を改善し、ADL(日常生活動作)を向上できるようになりました。寝たきりだった患者さんが歩けるようになったり、胃ろうを作っていた患者さんが自分で食べられるようになることも珍しくありません。

近隣の病院がそのノウハウを学んでアルツハイマー病を診られるようになって来た結果、同院には今、レビー小体型や前頭側頭型の患者さんが集まり始めています。「こちらは、難しくて試行錯誤が続いていますが、なんとか道を開拓していきたいですね。中核症状の改善にも挑戦したい。新薬が登場するのを待つだけでなく、既存の薬や治療法の組み合わせで、ある程度の効果を出せるのではないかと考えています。そしてさらに、現状より早期に発見する術を見つけて、予防に近い治療に挑んでいくのが私の夢です」と語る熊谷先生。認知症医療の開拓者としての挑戦は続きます。

 

 

取材日:2013年3月15日
京浜病院の外観

京浜病院


〒143-0013
東京都大田区大森南1丁目14-13
TEL:03-3741-6721

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